「Amazonで変なもの売ってる」がAmazonで売ってたので買った

谷川浩子さんの『Amazonで変なもの売ってる』がAmazonで売ってたので買って読了しました。
完全にタイトルに惹かれて買ってみたのですが、読んでみるうちになかなか変わった本だなあという感じで、割とすいすい読み込むことができました。読んでて感じるこの不思議な感覚は何なんだろうと考えてみたので、それをメモがてら整理してみました。少しネタバレもあるかもしれませんが、推理小説みたいにちょっとでもネタバレすると面白くなるタイプのものではないです。

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あらすじ

「ミカル」と「ハルル」の姉妹ががAmazonを散策していると、何とも言えない商品名のなんだか良く分からないものが売っていた。好奇心に身を任せて「購入」ボタンを押すと、その商品はわずか3分で自宅に到着。到着してもよくわからないその商品のカスタマーサポートURLを見てみた二人は、なんとモニタの中の世界に吸い込まれてしまうのだった。

的なお話です。別に不思議の国のアリスみたいに異世界を大冒険する話ではなく、しょっちゅうモニタのこっち側に戻ってきます。「グラフト」や「モネ」といった、モニタの中の世界の住人とのコミュニケーションはなんとも不思議で、どこかで聞いたことがあるような無いような、よくわからない会話が行われます。そのテンションというか、テンポみたいなものがこの作品の魅力の一つでしょう。

作品世界の構造

この作品の特徴は、その作品世界の構造の複雑さだと思います。ミカルとハルルがいる世界とグラフトたちのいる世界、さらにそれらを小説という媒体を通してみる我々読者の世界。この3つの世界の間でやり取りが行われます。ミカルとハルルはモニタなどを通じてグラフトたちのいる世界に入り込み、その様子を我々は紙面や電子書籍の画面を通して読む、というのがこの作品の基本構造です。

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Amazonで変なもの売ってる』の作品世界の基本構造

ハルルたちと異世界の関係

ですが、小説を読み進めていくについれて、この基本構造が揺らぎはじめます。
まず、モニタの中の世界の住人であるはずのモネがハルルたちの世界へと飛び出し、ハルルたちのお父さんと会話をします。そしてミカルとハルルはモニタを通さずいつの間にか異世界に迷い込むようになります。

アドレスバーにカスタマーサポートページのURLを入力した。初めての時と違って、今は「プレミ」で辞書登録してあるから入力も簡単だ。
「お待たせいたしました。どのようなご相談でしょうか」
そこは、カウンターと小洒落た椅子と観葉植物のある、床から天井までガラス張りの、大通りに面したオフィスだった。

Amazonで変なもの売ってる』p.62

作中、途中で出てきたオーランド・ブルームそっくりのイケメン(とハルルが思っている)人形は、ミカルとのやり取りにうろたえ自信が無くなってくる(ようにハルルに見える)うちに、オーランド・ブルームではなく、「オーランド・ブルームにちょっと似てない?」とたまに言われる塾の先生くらいのイケメン度合いに変化していきます。つまり、ハルルの抱く印象によって、異世界の住人の姿形が変わっていくのです。これは作中に出てくる「フィルター」(ハルルやミカルが異世界を見るときに通さないと変なことになるらしいもの)が大きく関係していると思われます。

読者と作品世界の関係

同様の、抱く印象が世界に影響を及ぼすという作用は、読者にまで広がります。
まず、この作品はハルルとも、それ以外の第三者ともつかない語り部によって、というか、ハルルと第三者が時々交代して語り部を務めているかのように進行します。

PCのモニターをじっと見つめて、姉のミカルがつぶやいた。
読んでいた雑誌から目を上げて、ハルルは姉のほうを見た。

上掲書 p.8

(前略)上でこんな会話が交わされている間、下の方ではミカル1とミカル2の自画自賛劇場が、あれからずっと続いているのだった。
 進展がなくて申し訳ない。

上掲書 p.127

そのため、描かれている様子がハルルの印象なのか単なる地の文なのかが判別しにくい、という特徴があります。その特徴と、上記の「ハルルの抱く印象によって異世界の住人の姿形が変わる」という特徴が合わさり、読者が読み進めているうちに、読者が読んだ通りに作品世界が改変されていく、という事態が起こります。

人形が怒りくるった肉食恐竜のように首を振り回してミカルに吠えた。
「大嘘だと!?俺がいつ、大嘘をついたというのだ!」
(中略)
肉食恐竜はとりあえず吠えて、それから口をつぐみ何ごとか考えているようだったが、やがて勝ち誇ったように言った。

上掲書 p.82-83

上記の例では、あくまで「肉食恐竜のように首を振り回して」いた人形が、その数行後に肉食恐竜になってしまっています。地の文として記述され、読者が読んだ内容が、そのまま読まれる世界の事物へと変わってしまっているように見えます。
さらに別のシーンでは、作品世界の登場人物がまるで読者の目線を乗っ取ったかのような発言をします。

「ほんと執念深いんだから」
「あっ、またそういうこと。そういうのを、ぬすっとたけだけしいって言うんだよ」
「全部ひらがなで言うな」
「しょうがないじゃん生まれて初めて使ったんだもん。ミカちゃんにぴったりすぎて使わずにはいられないよ。ぬすっとたけだけしい!ぬすっとたけだけしい!ぬすっとたけだけしいいい!」

上掲書 p.165-166

読者の世界とハルルたちの世界とグラフトたちの世界の関係

上記の関係性を改めて図にしてみると下のように表せます。

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読者の世界とハルルたちの世界とグラフトたちの世界の干渉関係

実に複雑な関係性が、なんともやわらかいタッチの文章で描かれていることが分かります。
ここからは仮説ですが、「ハルルの持った印象が、入り込む世界自体に影響を及ぼす、そしてその内容を読者は地の文として読む」「読者が読んだ内容が、読まれる世界自体に影響を及ぼす」「ハルルたちとグラフトたちのいる世界がシームレスに行き来される」「ハルルたちが読者の目線に立っているかのような描写をする」という関係性により、われわれ読者も記述される世界に、想像以上にシームレスに没入できているのではないでしょうか。一見不思議ない世界とは無関係にいるかのような雰囲気をもつハルルたちの父親も、いつの間にかモネと会話をしているなど、異世界と現実の世界は曖昧です。それと同様、我々のいる世界と記述された世界も、その境界を非常に曖昧にしているように思えてならないのです。

最後に(たぶんネタバレ)

このような複雑な構造をもつ『Amazonで変なもの売ってる』ですが、ラストに向かうにつれて、その作品世界をより複雑にします。
まず初めにいなくなるのはミカル。それを探しにいったハルル(地の文担当)が水になったと思ったら、ミカルが現れ、そして二人とも消える。そして出てくるのが、これまで普通人代表っぽい雰囲気を出していたお父さん。まるで今まで描かれていた世界は、お父さんの想像の産物だったのか?と思われるような記述がされ、そしてお父さんは消える。「図書館の棚の、永遠に返却されない本のように」「いつまでも、いつまでも」「たった一人で、そこにいた」「あるいは、いなかった」のだ。

そしてラストのラストで描かれるハルルとミカルの日常。そこにお父さんはおらず、誰も気にも留めない。ここまで行くと「グラフト=お父さん」みたいな妄想をしてしまうけど、それに対する答えは無く、最後はミカルが「Amazonで変なもの売ってる」のを見つけて物語は終わる。
ハルルとミカルの身体や思考が3つの世界をぐるぐる回っていたこの作品のラストにふさわしい、ストーリー自体のループが明らかになって、この作品は締めくくられる。